生活の記

心が動いた

今日は大学時代に大変お世話になったゼミの先生とサシで飲みに行った。

お会いするのは2年ぶりだったが、サシで飲むのは初めて。

卒業して4年以上経つ卒業生と飲みに行ってくれる先生の器量の良さよ、、と思いながら、お言葉に甘えてお会いすることになった。

 

そもそも、私は今どういう状態なのか!元気なのか!元気じゃないのか!何をしているのか!

どういう状態:昨年11月から適応障害により休職中

元気かどうか:身体はだいぶ元気寄り、心は波があるが基本元気であることが多い

復帰できそうか:99.9%不可能だと考えている。なぜなら職場へのトラウマは未だ健在で、なかなか消化できないため今もなお休職させてもらっている。当時の辛かった記憶を連想させるような夢を見る、職場や最寄り駅に近付けない、電車で通るときに外を見ることができない、上司と会うと必ず泣いてしまう、些細なことでも上手くいかないと途端に地の果てまで落ち込む等々

何をしているのか:民間企業への転職活動をしている

こんな感じで、なんだか生きているんだか生かされているんだかという状態です。

 

「私のこれからはどうなるのだろうか」「どうすればいいのだろうか」と考えあぐねていたところで、先生にふとご相談してみたら「一度飲みに行きましょう」と言って頂けたという次第だ。

 

1軒目

当日は野毛にある、先生の行きつけのお店にお邪魔した。人生相談という名目ではあるが、今見えているすぐ先のことだけでなく、考え方や根本的なところについても色々と励ましの言葉を頂いた。

・自分をすぐ責めてしまう・落ち込んでしまうというのは、それだけ自分に対して期待をしているためだ。ある意味「自分ならできる」と高く見積もっているのだ。そうではなく、自分は完璧人間ではない。(ここが少し難しいなと感じている。完璧人間ではないが、完璧主義ではあるので。)できないことや苦手なことがあるのだと心に刻むこと。

神学者ラインホールド・ニーバーの祈り」より、

主よ、
変えられないものを受け入れる心の静けさと
変えられるものを変える勇気と
その両者を見分ける英知を我に与え給え。

 

神よ、
私に変えることのできないものは、
それを素直に受け容れるような心の平和を!
変えることのできるものは、
それを変える勇気を!
そして変えられるものと変えられないものとを、
見分ける知恵を!
この私にお与えください。

 

先生ご自身が、大事にしている考え方だと紹介してくださった。

あまりにも今の私に必要な考え方だったため、ずしんと心に突き刺さった。

私は変えられないものにも自分の存在を見出し、勝手に落ち込む。

変えられるものでもリスクを負ってまで変える勇気はない、THE安定志向人間だ。

また、変えられるものと変えられないものの見分けがついていないし、見分ける方法がわからない。

心や性格、これまでの生き方は連動しているので、すぐにはできないかもしれないが、この言葉たちは頭の隅ではなく、ど真ん中にしばらくおいておく必要があると感じている。

・10年前と比較しても、選択肢や正解と言われる道がどんどん広がっている。なんとかんなるし、時間が解決してくれることもある。

 

2軒目

約8名分の席しかない先生の行きつけのお店へ

そこでオーナーの方に言われた言葉が全身に響き、帰り道ずっと反芻していた。

・好きなアニメや漫画がマイナーだったり昔のものだったりするため、「好きなアニメは?好きな漫画は?」と聞かれると、知らないだろうし反応に困るだろうな〜という思いから、なんとなく皆が知っていそうな作品をあげてしまうという話に対して、

「それはよくないですよ。自分の好きなものは好きと言わなきゃ。」(意訳)

ああ、私は相手に気を遣ってばかりで、自分には何も優しくなかったんだ。

むしろ、自分で自分の好きなものを否定するような気持ちがあったんだ。

「いや、その通りですよね!」と笑顔で返したが、内心ショックだった。

自分の好きなものは自分が一番認めよう、これからは誰に聞かれても自分の好きなものをそっくりそのまま答えようと思った。

・先生に「未来が明るくなったら、またお誘いします!」と伝えたら

「そんなこと言っちゃだめですよ。いつでも未来は明るいですよ。

この先の可能性や選択肢を勝手に狭め、今ここから見る未来は暗いと思い込んでいた。いつだってリスクや恐怖と同時に、好奇心や可能性が広がっていたのに。

未来は明るいです。自分が想像していなかった・理想としていなかった未来だとしても、この足で歩いていく道があるなら明るいと言えると思う。

 

今日、改めて私は周りの人に恵まれているなと感じた。

「転職活動落ち着いたら誘うね!会おうね!」と無責任な言葉をかけてしまったみんなへ

自分がこう言った以上、中途半端な状態でお誘いしたくないという気持ちがあります。

本当に自分勝手でごめんなさい。

まだ、もう少しかかりそうだけど、終わりは必ず訪れるので、その時になったら絶対に声を掛けさせてもらいたいです。

 

最後に、今日27歳の誕生日を迎えました。

歳なんてただの区切りでしかないけど、27歳の始まりは幸先いいなと感じています。

これからもすっきりとした気持ちで歳を重ねたいものです。

真の脱出は程遠いかもしれないが

またしばらくぶりになってしまった。。

1月頃までは「あ~最近言葉吐き出せていないな~」と思う余裕はあった。

2月には思う余裕すらなくなり、言葉を吐き出せていない自分から目を背けていた。

 

主に仕事のことになる。

心を傷つけられた職場から脱出しなければとずっと思っていた。

新卒で入ると3・4年勤続で新しい部署に異動になる。

ただそれだけが希望で、復職してからなんとか働いてきた。

もともと「2ヶ月休職しているから、厳しく言うと2年10ヶ月勤続になる。異動の条件を満たすにはあと2か月不足している。異動は絶対にできるとは言えない。」とは言われていた。そうかもしれないが、こちらは生命までも脅かされたんだぞ!!!異動させないとかそんな非人道的な考えあるか!絶対異動!と思い込んでいた。

 

3月中旬

課長から「あなたは異動の対象者です。」と言われた。一安心。

現在の業務すら怪しいおばちゃんに引き継ぎは一応した。

できるだけ「ここに書きましたけど!言いましたけど!」と主張できるように、引継書・マニュアルを整備するのに時間を要した。

4月はじめ

課長から「あなたは〇〇課に異動です。」と言われた。よかった。脱出成功かも。

4月10日

最終出勤日。なんだか実感がわかないまま、片付けをしていたら一日が終わっていた。

思っていたよりも多くの方に話しかけてもらった。

みなさんからメッセージも頂いた。嬉しい言葉がたくさん。ちょっと抜粋。

・考えて行動する姿が頼もしかったです。

→クソ上司の代わりに4月1日にきた上司。2週間弱しかご一緒できなかったが、いい人。なんでもう1年早くきてくれてなかったのかと思う。

・能力を活かすには今の職場では狭いように思います。

→頼んだ仕事はやってくれなかったが、ちゃんと見てはくれていたらしい笑

・楽にいこう!

→いや本当、その精神今一番欲しい

・若くして色々と背負わされてしまのうは大変だったと思います。

→仕事頼んだときめっちゃ嫌な態度取られたのは忘れないけど、見てはくれていたらしいpart2

・ルーズな集団(隣の係)の中で本当に粘り強く関わりを続けてくださりありがとうございました。

→いつも些細なところを見てくれていた方、粘り強く関わるのは本当に大変だった!頑張った甲斐あり!

・とっても大変な思いをたくさんされたと思います。次の職場では若手らしく、後輩らしく、頼れる先輩方に囲まれることを願ってます。きっとどこでどんな仕事をしてても、どんな生活をしていても素敵な〇〇さんであることは変わらないです。

→めちゃめちゃ嬉しくて、涙が出た。

終わりよければすべてよし!とできないことをたくさんたくさん経験した3年間だったけれど、そうやってまとめればオチがつく!と思って、無理やり終わりよければすべてよしと思うことにした。

本当にお疲れ様だよ、本当によく頑張ったよ。偉いね自分!

4月11日~

新しい職場へ配属。今までの業務とは全くと言っていいほど違う。

同僚も係長も若く、仕事ができる。困ったら皆が手を差し伸べてくれる。

3年間年齢が上の人達と仕事をして、2年目から2年間放置されていた私にとって、

歓喜すべき環境なのに、今までとあまりにも違う環境に戸惑った。

頼るってどうすればいいんだっけ?わからないことはどう聞けば良いんだっけ?上司にはどこまで報連相すべきなんだっけ?改めて異常な職場で働いていたことを気付かされた。

環境の変化に体がついていかなかったのか、昼ご飯が喉を通らない、なんか気持ち悪いという日が何日かあったが、少しずつ慣れてきた。

 

さらに前の職場からSOSがくる。行くのは構わないが、「これ説明したのにな~」とか「これ引継書に書いたでしょ!(引継書を丁寧に書いても読みすらしない、完敗)」とか「いや、普通に業務の相談してくるな!もう私は違う所属だぞ!自分たちで考えろ!!!」とか…まだまだ完全な脱出とは程遠い。

 

とりあえず、GWで体を休める。人には期待をしない、自分にも期待をしない。ただ、自分のことを労ってあげる。これだけ考えよう。

今朝はもう決まっていた

昨晩、22時半過ぎには就寝。

今朝6時少し前に起きるためだ。

・単純により多くの睡眠を取りたかった

・以前母からもらった良いベーコンを食パンの上に置きたかった

・久しぶりにここに来たかった

結果、全てをこなすことができた。

しかし、本当はもう少しここでつらつらと最近考えていることを書きたかったのだが、5時半に起きないとそれは無理らしい。

一日の終わりに総括するという意味では、やはり夜に書くほうが向いているのかもしれない。

YouTubeで「ファンタスティック・プラネット」と「ちょびっツ」が期間限定で無料公開されている。これを機にどちらも見ることにした。

健康でありたい25歳、新年の決意

昨年は心身ともに調子がよくないと感じる日が多かった。

調子がよくないと、いつもぎりぎりできている自炊をする気力などなくなる。

自炊ができないとなると、即席で食べられるものかコンビニに頼ることになる。

これらに頼るということは、時間と気力を得る代わりに心身の健康を生贄として捧げることへの同意となる。

 

心身の健康をおろそかにし、その他自己努力でどうにかなりそうなものを獲得していること

2023年末にようやくやっと気が付いた。

気が付くのが遅かったとも思ったが、昨年の私に気が付く余裕など到底なかった。

嫌なことがあると食に逃げるしかできなかった。

好きなことはたくさんあるが、とんでもない重さのストレスを解消することはなかなかできないし、解消方法にしたくもなかった。

 

2024年は、仕事帰りに欲のままカロリーを購入することをやめよう。

心身の健康のためになるものを摂取しよう。

嫌いだけど体を動かすことも怠らずやろう。

少しずつ

 

置いていくね

明日から1年をまた最初から数え直す。

1年の最後の5時間を指折り数えるこの時間に、久しぶりに書いてみようと思った。

 

今年はどんな1年でしたか?

目標は達成できましたか?

印象に残った出来事は何かありましたか?

来年はどんな1年にしたいですか?

 

この1年間は2023年という時間に置いていきたい経験や思いをたくさんした。

一言で表せないくらい揺れ動いた。

 

休職した。全てを抱え込んでそのまま潰れた。

私はあの時、仕事を辞めるかもしれないという心配どころではなかった。

人生を辞める・諦めるかもしれなかったのだ。

潰れた自分をさらに責めた。潰れたのは忍耐力のない自分のせいだ、と

踏み切りを見ては「電車が来たら、飛び込んだら、死ねるのかな」

5階にある大好きな自宅の窓を見ては「飛び降りたら、痛いかな、死ねるのかな」

ひたすらに消えたいと思っていた。

ご飯を食べながら何が悲しいのかわからないまま、泣いていた。

この世界での自分の存在意義を見出せず、迷惑かけてばかりの自分が大嫌いだった。

 

そんな私に「消えてほしくない」と言ってくれた。踏み切りを見つめる私の手を引いてくれた。ひたすらに泣いていた私のそばにいてくれた。潰れた私を軽蔑することなく、ずっとずっと好きでいてくれてありがとう。

一緒にいてくれなかったら、間違いなく穏やかなこの時間を過ごせていなかったと思います。

 

「苦しい」「消えたい」と深夜に何度も電話をかけても、仕事で疲れている中優しく話を聞いてくれた。すぐに会いに来てくれた。

本当にありがとう。

 

食欲がなく少しずつしかご飯が食べられない私に付き合って、話をたくさん聞いてくれた。

本当にありがとう。

 

会ったら「頑張ったね」と言ってくれたみんなみんな本当にありがとう。

 

大袈裟でなく、みんなが支えてくれて、友達でいてくれて、だから今の私がいます。

本当にありがとう。

あの時、人生を辞めなくて良かったと本気で思います。

 

祖母が亡くなった。

亡くなる2ヶ月前から妄想が酷くなっていた。

最後に病院で会えた時には、「あすちゃんここは怖い人ばかりだよ。後ろから銃で撃たれるよ。早く帰りなさい。」と話していた。私は「あと5分おばあちゃんといてもいいかな?」としか言えなかった。祖母を返して欲しい、と思った。

とっても強くて優しい祖母だった。

 

トイレが近くにないと怖い。

軽いパニック障害とは高校からの付き合い、長い付き合いになってしまった。

今も美容院のシャンプー台や映画館、特急電車、密室、初めての場所は怖い。

足が震えて呼吸が浅くならないように、トイレには必ず行く。

頻繁にトイレに行く私を、私自身否定せずまるっと肯定したい。

 

こんな私ですが、来年も楽しいこと好きなことをして生きたいし、

生きていくしかないんだよ

 

来年はもっともっと本を読んで、映画を見て、ブログに気持ちを綴りにきます。

 

最悪な2023年はここに置いていくぞ!!!ついてくるな!!!!

 

 

 

 

無題

タイトルを30秒ほどうーんと悩んだ後、「思いつかないならそのままでいいじゃない」と思い無題とした。

きっと今日以外にも無題というタイトルが増えていくだろう。そもそも、無題というのは未入力の状態を言うのであり、無題というタイトルをつけている時点で本来の無題ではない。考えることを諦めたときの救世主、無題

 

最近は特に変わりはなく、相も変わらず毎朝食パンにジャムを塗っている。

やることを探すのに必死だった先週と打って変わって、今週はいつの間にかデスクに資料が積まれているような感覚(無論、昨今のデジタル社会において経験したことはない。あくまでも感覚だ。漫画でよく見るような風景)で仕事が生まれていく。

仕事をすること自体は別に嫌いではないため、そこまで苦にはなっていない。

 

今週も今日で最後な訳だが、やはり5日フルで働くと時間への感覚がおかしくなる。

毎日はほとんど出退勤・仕事によって、自分の時間は潰されていくのだが、

一方で1週間という尺で考えると、とにもかくにも次の日へ駒を進める一手がスローリー過ぎて耐えられない。

 

結局は同じような話をぐるぐるとしているわけで、環境が変わっても人が考えが変わるわけではないためこの先もずっと同じ話をするだろう。

それでもこの場所は私にとって意味のある場所なのだ。

時間の有効活用とは?

昨晩22時に就寝し、5時に目覚ましをかけた。

早起きではあるが睡眠時間は大して変わらないので、90%の確率で起きられると思った。

夜中に一度起きてしまったこともあり、5時のアラームをいつの間にか止め、通常通り6時10分に起きた。自分を過信していた自分に負けた。

 

そもそもなぜ5時に起きることを決意したのかというと、恋人とYouTubeVlogを上げている方が双方朝活をしていることに影響されたのだ。

影響を受けた上で、日々限られた時間を果たして自分のものにできているのかと己に問い直した。答えはノー。特に帰宅後、最低限の家事を行った後は座ったが最後、何もできずにいつの間にか寝落ちしてしまうこともしばしば。

自己嫌悪にもなりかねない時間を生まれ変わらせるには、朝に行動しようと思ったわけだ。

 

といっても本日は失敗。明日こそ起きられるといいな。

 

ただ本日は朝にこのブログが書けたのでまずまずということにしておこう。

20分後の出勤に向けて準備。いってきます。