生活の記

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金曜日

 

昨日仕事で紙の書類や段ボールを整理した関係で、結構手を切ってしまい

手を洗うときやアルコールで消毒するとき染みて痛かった。

 

今日、今まで「そうかもなあ」とぼんやり考えていたことが、「きっとそうだ」と確信に一歩近付いた気がする。

私は恋人だけでなく、友人に対して嫉妬しやすい。

例えば、自分の中で大親友だと思っていた友人に恋人ができると嫉妬するし、私がそこまで知らない人と親しげにしていると嫉妬する。

恋人に対しては毎週末会ってもらっているが、どうしようもない理由以外で会えないと言われたり、会う時間が短くなったりすると悲しくなってしまう。完全に依存してしまっている。

依存から脱するには、対人関係以外に時間を費やすのだ!趣味をつくれ!と誰もがあちこちでいう。私趣味はたくさんあるし、対人関係が全ての生活になってしまっているわけではない。仕事だって毎日しているし…。それならば、依存している別の理由があるのでは?そうだ、これかもと思い当たる節がある。

 

それは「両親との関係」そして「過去の経験」だ。

一つ目「両親との関係」。私の家は決して大きな問題があるわけではない。(小さな問題ならどの家庭にもあるのであえて大きな問題と書いた)両親も健康に生きている。私は大学まで行かせてもらった。やりたいことをやらせてもらってきた。衣食住も十分すぎるくらい恵まれている。よくくだらないことを話す。

しかし私が心を閉ざしていた、閉ざさるを得なかった時期があった。高校生~大学生の時期だ。

この時期私の兄妹が学校で嫌な思いをしたことをきっかけに、家族全体が大きく動揺した。兄妹はとても心を傷つけたため、1日中生活をこなすことができるようになるまでにかなりの時間を要した。母はそんな兄妹を支えていた。かなり2人とも疲弊をしていた。私は学校や部活があり、なかなか介入できなかった。

罪悪感と、私は迷惑をかけてはいけないという遠慮とが生まれ、家で自分から自分の話をしなくなった。誰も悪くない。恨んでもいない。ただ、タイミングと起こった出来事がそうしてしまっただけ。

兄妹が生活をこなせるようになった頃には、完全に自分の心の内や恋愛について、特に母に話せなくなってしまった。

幸いなことに去年から今年にかけてだいぶ話せるようになったのだが、最近兄妹が落ち込むことが増え、また話ができなくなっている。

二つ目「過去の経験」。仲の良い友人との約束。私との約束が先だったのにもかかわらず、後からした恋人との約束を優先されてしまった。恋人との間に問題が起きるたびに相談を持ち掛けられる。真剣に聞くが、次の日には「昨日そんなに自分落ち込んでたっけ?」と言われてしまうほど元通りになっている。毎回真剣に聞く自分があほらしくなっていった。これらの経験は「私っていないほうがいい?邪魔?」と思うのには十分すぎた。もともと自己肯定感なんて微塵もない人間であるので、少しでも自分がいなければと思ってしまうと途端に奈落の底へ落ちる。

 

これら2つ。私はいつでも自分のことを気兼ねなく話せる恋人に依存をしているし、

私のことを必要、好きと言ってくれる恋人や友人が欠かせない存在であるため、他人に対して私より親しくしているように見えると途端に落ち込んでしまう。

 

依存や嫉妬は恥ずべき・排除すべき感情だと思う。

頼りになるねとよく言われる自分が、実際は人にすがらないと生きていけないなんて情けなくて仕方がない。

こんな考え捨てちまえ、と思うが既にがちがちにこびりついていて簡単に捨てられるものでもないことをなんとなく悟った。

 

ほんと自分、情けないね。

 

今日はくよくよ考えてしまう日。